株式会社BUDDICA|中野 優作

極端な利益至上主義による人員整理。本当に車を愛し、頑張る社員を排除する構造に納得できなかった。起業して彼らの受け皿となり、一丸となって業界の闇を駆逐したい。

中古車販売大手の勤務を経て、2017年に株式会社BUDDICA(バディカ)を創業。わずか3年で四国での販売実績1位を達成。さらには業販の販売台数が日本一となる急成長を遂げ、オートサーバー(最大手業販サイト)にて「5ツ星認定」を獲得。現在は自動車業界だけでなく、様々なメディアからも注目を集める。2023年8月には「クラクションを鳴らせ!─変わらない中古車業界への提言─」(幻冬舎)を出版。中古車業界の流通革命を使命に掲げ、1兆円企業を目指す中野優作氏の原点を紐解いた。

子どもの頃から危険を顧みず、何度も冒険を繰り返した

─中野さんのルーツということで、まずは子ども時代の話からお聞かせください

性格的には明るかったし、クラスでも好かれるタイプだったと思います。ただ、小学生の頃から落ち着きがなく、毎日のように先生から怒られていました。過集中する気質もあって、どんなに注意されても危険な場所へ行ってしまう。一人で冒険に出かけることも多く、気づくと真っ暗で「ここはどこだ?」ということも頻繁にありました(笑)。

─現代のようにADHDのような定義がなかった頃ですね。中学に入ってからはどうでしたか

中2の頃から少し横道に逸れたかなと思います。地元が港町なせいか、自然とヤンキーが多数派になる環境だったんです。とはいえ、悪質な行為をすることはなく、夏休みだけ金髪にする程度の可愛いレベル(笑)。中には暴走族に入る人もいましたが、まったく興味を持ちませんでした。どの暴走族にも友達がいるのに、どこかに入ると遊べない人が出てくるじゃないですか。また、強制的な序列を受け入れられない性格だったこともあり、誰にも拘束されない自由を選びました。

生涯年収の天井に直面し、土木作業から営業職に転身

─高校は途中で辞められたとお聞きしていますが、横道に逸れてしまったということでしょうか

入学から半年も経たずに辞めてしまいました。ただ、高校で大きく道を逸れたわけでもありません。そこそこ喧嘩はしても、人を貶めるような犯罪行為とは一線を引いてましたし。将来を深く考えてなかっただけで、ありがちな高校中退の流れだと思いますよ。

「元ヤンと呼べるような気合の入った不良ではなかったですし、かといって真面目に将来を見据えるわけでもない。いま思えば浮ついた学生時代でした」

─高校を中退後は、どのような仕事をされたのでしょうか

土木の仕事です。スコップで穴を掘ったり、セメント袋を担いだり、いわゆる現場仕事をしていました。ただ、友人の親が経営する会社だったので、働き方が中途半端なんですね。3日働いたら3日休むとか、割りの良い仕事が入ると現場へ行かないとか(笑)。何回か退社と出戻りも繰り返したし、正しい社会人ではなかったです。その後、20歳で別の土木会社に転職したのを機に、やっと真面目に働くようになりました。

─その後、ニュースで話題となった中古車販売大手に入るまでの経緯をお聞かせください

26歳になった頃、私の年収は500万ほどに上がっていました。しかし、一方では生涯年収の限界が見えてしまい、土木仕事へのモチベーションが落ちたんです。自分なりに考えた末、営業で勝負しようと大東建託に転職。結果、成績は良かったのですが、多くのトラブルから体調を崩してしまい、数ヶ月で辞めることになりました。その後、世間を賑わせたビッグモーターへの転職という流れです。

理不尽な闇を経験し、中古車業界の流通革命を決意

─すでに、ビッグモーターの話は多くのメディアで語られたと思いますが、その後に起業に至ったきっかけはなんだったのでしょうか

私が起業したきっかけは手段なんです。詳しい流れを言うと、私がビッグモーター西日本の部長だった2016年、業務提携していたハナテン(東証二部上場で売上約500億円の中古車販売会社)を子会社化する任務に携わっていました。関西エリアの部長に異動し、ハナテンの社長も兼務していたのですが、「これがビッグモーターでの最後の仕事」という覚悟をもって臨んでいました。

─最後の仕事と考えた理由は具体的にどういうことでしょうか

まず、関西エリアの統合を成功させても、早々に政治闘争に巻き込まれる感覚があったんです。というのも、その頃には社長の息子さんの存在があり、私とは相性も方針もまったく合わない。すでにギリギリの精神状態でしたし、この仕事を最後に辞めようと決めていました。ただ、当時は業務に集中していたので、起業か転職かは決めてはいなかったんです。

─中野さんは、のちに明るみになった不祥事を内側で経験されたわけですね。その後、転職ではなく起業を選んだのはなぜでしょうか

いちばんの理由は人でした。ハナテンを組み込む作業の中で、会社都合による人事の入れ替えが避けられないわけです。中には察して辞める人もいましたが、こちらから退社させなければいけない人もいる。結果、「自分は一体なんのために戦ってるんだ」と悩みましたし、辛くて辛くて頭がおかしくなる寸前でした。頑張ってる人もたくさんいたのに、会社の方針だから私は彼らを守れなかった。

─確かに、金銭面の事情や戦略などは、雇用される側では避けられない部分ですね

ビッグモーターは、常に昨対を超えた売り上げと利益至上主義の会社でした。仮に、私が確実に良い組織が作れるとわかっていても、それには一定以上の時間が掛かります。当然、最終的な決定権は会社ですから、解雇しろという方針なら、結果的に退職に追い込むことになると分かっていても従うしかありません。また、当時の経営方針を踏まえると、この先も才能ある人材が行き場を失うかもしれない。それなら私が起業して、彼らの受け皿になろうと思ってバディカを創業しました。

─素晴らしい志がきっかけの起業だったのですね

ただ、当初はスタッフを抱える目的ではなく、コンサル会社を想定していたんです。というのも、当時のビッグモーターは嫌われつつも、業界では“すごい会社”の位置付けでした。そこで、理不尽に淘汰された人たちが、次々に起業して対抗勢力になれば面白いじゃないかと。車を愛する彼らが挑めば、いずれ業界の闇を駆逐できると本気で考えたんです。それこそ私が掲げる流通革命であり、バディカを立ち上げた理由でもあります。

展示とネット販売を融合し、1兆円企業を実現する

─現在は5ツ星の認定を受け、業販の販売実績1位も獲得されています。今後はどのようなビジョンをお持ちでしょうか

以前は10期で100億という目標でしたが、現在は修正して8期での達成を目指しています。そのために必要なのは、売り上げと利益、さらにはレバレッジを利かすための資金。そこで、フルフィルメントセンター(受注、梱包、発送、在庫管理、請求、入金、苦情、返品などのすべてを行う拠点)を作り、イメージ的にはZOZOタウンの車バージョンを計画しています。自社の車を通販で売りつつ、他社の車も一緒に販売できる環境ですね。これが第一弾の打ち手で、2027年前後を目処に実現させます。

─全国にユーザーはいるわけですし、ネット購入がコモディティ化されたという意味でも興味深いですね。長期的な展望についてもプランがあればお聞かせください

将来的には1兆円企業を目指しています。まず、従来の中古車販売といえば、大型店舗をロードサイドに構えるのが王道でした。ハイコミッションの営業担当を配置し、宣伝広告費を掛けて大量に集客する仕組み。また、車1台あたりに掛かる場所代を見ると、月額2万円というコストも珍しくありません。このように、従来の中古車販売は経費率が非常に大きい手法なんです。一方、郊外なら3,000円で置ける場所もあるし、ビル内だとさらにコストを抑えられます。また、ネット販売用に動画のクオリティを高め、支払い方法や保証などの透明性もクリアにする。現代はそういう販売スタイルを望む人も多く、全体の10%以上は存在すると思っています。

「かつては、“ネット上で洋服や食品を買うなんて”という声がありましたが、今では誰も抵抗がありません。すでにこの流れは車にもあり、よりコモディティ化していくはずです」

─ネット上での購買が定着したとはいえ、1兆円となると越えなければいけない課題が山のようにありますよね

その点についても問題ないと思います。まず、あのビッグモーターでも市場の10%は取れていないので、逆に10%を取れば日本最大の規模です。中古車マーケットが約20兆円なので、10%を取れば2兆円だし、その半分の5%でも1兆円になります。そこで私たちは、ロードサイドの展示+インターネット+来店を融合させる。さらに、遠方のお客様には車だけでなく、整備士も送る仕組みを全国展開する計画です。これが第二弾の打ち手で、このフェーズを10年ぐらいで想定しています。これは決して希望的観測ではなく、確実に実現させますので期待してください。

理不尽に排除される人たちの受け皿になるために起業した─。車が好きで頑張っていても、会社の都合で無理を強いられ、不要となればゴミのように捨てられる。そんな不条理を変えるため、車好きが一同に集まったバディカ。「クルマが好きなんです」と話す優しい表情の裏側には、流通革命のためならいつでも命を差し出すという異常とも言える情熱があった。こんなにも人間味と革命家気質を併せ持つ経営者は未だかつてみたことがない。

採用情報

■BUDDICAについて

バディカは「新車を作らず、愛車を作ろう」をMISSION(使命)に掲げて立ち上がったスタートアップです。数万台を超える実践経験から得た、全ての知見を『商品力』に注ぎ込み、在庫を開放する事でお客様の利便性を最大化してきました。2017年の創業以来、累計160億円の売上と25,000台の販売を達成、『販売実績 四国No.1』となりました。業販では最大手業販サイト、オートサーバーにて『5ツ星認定』、2年連続で『販売台数日本一※』(全国7万会員中)の認定を頂く事ができております。

バディカは、車に関わる全てのお客様、事業者様の生活を豊かにしていく為、圧倒的な努力と情熱をもって社会に貢献していきます。

■歓迎する人物像

使命・展望・価値観に共感している方、BUDDICAイズム(自分が源/現実に差分をつくる/仲間の成長をつくる/過去最高を超える/理想に集中する)を体現できる方。

会社名株式会社BUDDICA
住所香川県高松市六条町187-1 2F
代表中野優作
設立2017年6月
Webhttps://www.buddica.jp/

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